題名のないファンタジー
序章 - 第1話(3/3)
< 悪夢の連鎖 >

日が傾きかけた河川敷、電車がガッタンゴットンと音を立てながら橋の上を渡っていく。川辺のほとりに広がるグラウンドの地面がオレンジ色に染まる。
秋の夕暮れ時は一気に気温が下がるなと、季節の移り変わりを体感する。厚手のナイロンジャンパーを羽織ってきて正解だったらしい。
丘陵から川に向かって延びる芝生の斜面に座って、俺はサッカー部の練習風景をぼんやりと眺めていた。

この場所はとある人との思い入れのある場所で、俺はその人と落ち合うためこの場所に来ていた。
出会ったのは高校生の頃…

俺の高校時代の幕開けも最悪なものだった。
中学の時に友人もできず孤立していた俺は、高校に通う事が怖かった。入学式の日、俺はあまりの緊張で自分のクラスを間違え他の教室に迷い込んでしまったのだ。
その後色んな人たちに助けてもらって俺は自分のクラスまで連れて行かれた。あの時はまるで、牧場に迷い込んだ子犬のようだったと担任の先生に揶揄される事もあった。

だが高校生になってからは孤立していた俺に追い風が吹いていた。
色んなイベントや教室でのちょっとした出来事に絡む事が多くあってか、意気投合する同級生が多くできたのだ。友達のような会話をした日には、俺はもう最高に嬉しかったのを覚えている。家に帰るや否や当時一緒に暮らしていた凛子さんに仲の良い友人ができたと、自慢気に言っては聞かせた。
俺は人生で初めて、人間関係の何たるかをあの場所で培ったのである。

高校2年になってまた新しいクラスメイト。そんな時、俺にまた新たなめぐり会いがあった。
隣の席に座っていた女の子と親しく話すようになる。彼女の名は高坂(こうさか)(しずく)
とにかく明るい性格で、ヒマワリを見ているかのようなみんなを元気にするサバサバした感じの女の子だ。そして彼女はクラスの中で一番人気の可愛らしい魅力を持った子だった。

…俺がそんな思い出に耽っていたその時、突如後ろから誰かに抱きつかれ思考が現実に引き戻された。

直樹:
うぉ!
雫:
オス!なおきぃ~

さっきまで昔の彼女の事を思い出していた俺は突然の本人登場に言葉に詰まってしまう。
彼女はいつもこうして俺を驚かすようにからかった感じで絡んでくる。いつもの雫の行動なので俺は少し安心もしたのだが。

直樹:
………ビックリした。
雫:
えぇ~?全然びっくりしてなくない?あはは。
直樹:
ううん?びっくりした。あまりに綺麗な人にいきなり抱きつかれたから。
雫:
え?もしかして私の事?言うようになったじゃん。もっと言ってくれていいんだよ~?
直樹:
いや。もう十分だろう…

それは彼女と交わすいつもの会話。高坂雫は自然と俺の心に溶け込んでくる。
彼女のノリには最初うまくついて行けなかったが、慣れてくるとその会話は意外と楽しい。友人が少ない俺にとって、こうした会話をしていると自然と笑みが零れてくる。
高坂雫は都内の大学に通う大学生。一方の俺は横浜の鉄工所で働くサラリーマンだったが、同じ高校を卒業した後もこうして定期的に連絡を取り合って頻繁に会っていた。それがもう1年以上続いている。
俺たちは別に付き合ったりしているわけじゃない。お互いその認識だったが、もう何かが二人を互いに引き寄せ合う雰囲気になってきているのは最近感じていた。
何か決定的な事をどちらかが言えばそれで関係が急展開するような気がする…。そんな仲睦まじい関係。

直樹:
今日はごめんね。文化祭。
雫:
ん~?
直樹:
いや。行けなかったから。前チラシも貰ってたのになぁ…。
雫:
ううん。せっかくの休みだもんね。休める時に休まないとね!
直樹:
……。

世話焼きは俺の周りに多い。雫もその一人だった。彼女の言葉ひとつひとつは友達が少ない俺の心を満たしてくれる。例えそれが気を遣って言ってくれている言葉だとしても、俺は嬉しかった。
すると雫は持っていた透明のビニール袋から発泡トレイを取り出して俺に差し出してきた。

雫:
ナオキ、あなたは今お腹が空いてると見た!腹ぺこの君にはこれだぁ~。

彼女はそういうと俺にその食べ物を手に持たせにっこりと笑顔を見せる。香ばしい香りのたこ焼きだった。絵に描いたような美味しそうなたこ焼きを目にした俺はその一粒を勢いよく頬張る。

直樹:
美味い!

俺は思わず嬉しさが声に出てしまった。彼女は俺がたこ焼きを好物だという事を知っていた。知っているからこそ、この空間が妙に愛おしく感じてしまう。やっぱり文化祭いけばよかったな、とそれをまた悔やんでいる俺がいる。雫と出し物を見て回ってみたかった。このたこ焼き一つとっても彼女と共に過ごす時間は素敵だった。
やはり人は、人の温もりを潜在的に欲するものなのだろう。その心地よさを大切にするために、やはり人は幸せでいたいと願うのだ。
時として人間は自分にないものを追い求める生物だ。だからこそ、自分の足りないものを持つ他人に憧れ、惹かれていくものである。俺はいつから彼女と居る事がこんなにも楽しくなったのだろう。

雫:
私も、直樹と一緒に屋台巡りしたかったな…

雫が突如声を漏らす。俺は自分が考えていた事に対して、その返答をされたかのような気がして驚いてしまった。少し神妙な表情をした雫。彼女の顔を覗き込むとその先に夕陽の光が眩しく照らされて、彼女の凛とした美しい表情をより際立たせている。

直樹:
今度さ、TDL一緒に行かないか?
雫:
え…?

東京にある日本で最も有名であろうテーマパーク、東京ドリームランド(Tokyo Dream Land)。
確か以前に俺と二人で訪れたいと言っていたような…。大学の文化祭の件もあって、俺は詫びの意味も含めそう言う。
彼女は少し考えた後、真正面から俺を見て嬉しそうに頷いた。

この時は想像もしていなかった。やがて訪れるかつてない世界の危機に、俺はその場所で巻き込まれていく事を…


「目を覚ませ…」

どこからか声が聞こえる…

「目覚めよ…」

聞いた事がない声。だがどこか懐かしい気がする声…


直樹:
うわ!!

ヒュンと落ちるような感覚と共に俺は目をカッと見開いた。自分の家。ベッドの上。真っ暗闇の部屋の中で、俺は嫌な汗を掻いてしまっていた。
また妙な夢を見ていたのか。最近やけに寝つきが良くない。

脳裏に浮かんでいたのは人間とは思えないであった。俺はその禍々しい姿を夢の中で見ていた。
熊のように大きな身体で、全身ごわごわしている硬い鱗のようなもので覆われている皮膚。強張っていて醜い(わに)のような顔つきの化け物の姿を。

あれは一体なんだろうか?

俺はその時、得体の知れない恐ろしい可能性が頭の中に一瞬よぎっていた…。


翌朝、リビングルームのソファーにずしんと腰を据えてテレビを見ていると、そこで俺はとんでもない物を目の当たりにする。

「続いてのニュースですが…」

報道番組。映し出されたのは海外の映像で夜のようだ。なにやら火の手が上がっている様子が映し出され、人々が縦横無尽に逃げている映像だった。
そこには見た事もないような奇怪な生命体が映し出され、そこで画面が止まる。だが俺はそこに映っている異形の姿を見て瞬く間に血の気が引いていくのを感じた。

なんとそれは昨晩夢の中に現れた化け物の姿だったのだ。
俺はあまりの恐怖にその場からしばらく動く事ができなかった…