題名のないファンタジー
序章 - 第3話(3/3)
< 運命と宿命 >

高坂雫を連れ俺たちが向かったのは、東京湾に面する日本一のテーマパーク、東京ドリームランド。
土曜日の昼下がり時、目的地行きの電車の中は閑散としていたが、若い人が多くカップルの姿が目立つ。やはりクリスマス・イブの影響なのだろう。

今日もいつもの話題で彼女と会話が弾んでいたが、その中にわずかばかりもどかしいような空気があった。
それは一体何なのだろう?俺たちはお互い意識しながらも、本当に想い合っているのか不安な部分があったのかもしれない。


直樹:
やっぱり凄いね…人が。めちゃくちゃいっぱいいるぞ。
雫:
うん…凄いね。

最寄りの駅から少し歩いたところで人込みになり、大勢の人間の流れに乗って入り口ゲートまで進んでいった。周りを見るとやはりほとんどが高校生か、大学生、20代の人たちばかりだ。

ゲートについてもやっぱり人の数は衰えを知らず、俺たちは立ち往生になった。この日を選んだのは失敗だったかな…ともちょっと思ってしまう。
だが、その予想に反して雫はテンションを抑えられないでいたようで、何かとずっと俺に話しかけてきていた。
その時。

直樹:
おっと!

ゲート前に並んでいた俺のすぐ横で小さな男の子がつまずいて転んでしまう。俺はすぐさま男の子に手を貸し、大丈夫?と声を掛ける。男の子がすぐ起き上がると、彼の母親がやってきてお礼を言ってくれた。
こういう場面に出くわすとどうしても自分の幼少時代と照らし合わせて見てしまう自分がいた。俺もあんな優しい母親がいたら今頃どんな人生だったのだろう。俺の心に温もりという名の灯りが灯っただろうか…。
すぐ横でにっこりと微笑んでいた雫の顔が、俺の思考を現実に引き戻す。すると彼女はこうもらした。

雫:
直樹のそういう所、私好きだけどな…

周囲が人込みで騒々しい場所にいた俺はその言葉がはっきりと聞きとれなかった。俺はなんと言ったのか聞き返したが、彼女は下を向いて答えてくれなかった。


所変わって、日も暮れだした頃の幕張海浜公園。
中年の男が2~3人、消波ブロックの上で釣り竿を投げている。この時期でもこの近くでは釣果が出るスポット。

すると突然、異様なほど波が荒くなり、海の中から何かの影が浮かび上がってきた。驚いた釣り人は慌てふためいて陸方面へと逃げる。

するとなんと海の中からその巨大な怪物が姿を現した。そこにたまたま付近を警邏(けいら)中のパトカーが通り掛かる。その直後警官はすぐに声を荒げ無線で応援を要請した。


なんとか東京ドリームランドのゲートから入場した俺たち2人は中の催しを楽しんで巡る。
空はすっかり暗く曇っていて少し気温も落ちてきていたが、そんな事も忘れて俺たちはすっかりはしゃいでしまっていた。
俺と雫は人気アトラクションやクリスマスのイルミネーション、グッズ売り場などを見て回り、楽しいひと時を心ゆくまで満喫する。ずっとこんな時間が続けばいいのにと、俺は心から願った。

中央広場でパレードショーが始まる中、俺たちは噴水広場に並べられている休憩所でゆっくりする事にした。
さすがに疲れたのか、雫は口数が減ってしまっていた。彼女は手に持っていたクレープを美味しそうに食べている。俺はそんな様子を見て少し微笑ましく思った。
俺は向こうに映る巨大な洋風の城のモニュメントのライトアップが目に移り、思わずその美しい光景に声をもらした。

直樹:
綺麗だ。
雫:
………。

相当疲れたんだろうか、雫は返事をしなかった。だが、その時雫は敢えて返事をしていなかったようだ。それは俺が言った言葉を別の意味で捉えていたからだった。俺は何気ない言葉を言ったつもりで、その焦燥に全く気が付いていなかった。

………。
その時、俺は背後から異様な気配を感じ取る。

直樹:
――――!?

後ろを振り返る。

だが、それは見知らぬ人だった。
「探したぞ!もう離れるなって言っただろう!」

男性が俺のすぐそばにいた子どもに走って近寄り話かけていた。迷子か…。よく見る光景。だが俺は一瞬感じた嫌な気配がまだ心から抜けず、男性とその子をずっと見たままだった。

雫:
ん~?どしたの?ナオキー?

俺は彼女の言葉で我に返った。すぐ何食わぬ顔を装い、彼女に笑みで答えた。
さきほど感じた嫌な気配。それはきっと気のせいだと、俺は必死に言い聞かせた。


TDLから郊外へ6kmほど離れた場所で事件は起きた。

複数の発砲音が街中に鳴り響く。

大勢の人が同じ方向に逃げていく様子を、都会の夜が鮮明に捉えていく。

「付近を通行している方、危ないです!至急避難して下さい!ただちに避難!立ち止まらずに、逃げてください!」

拡声器を使って警官が呼びかけ叫びながら住民を誘導していく。
その先で、

「ギギャァァァオォォォ!」

化け物が発する身の毛もよだつ声が夜の空にこだまする。まるで怪獣の鳴き声のようだ。
高さはゆうに10mはあるであろうその巨大な化け物は、幕張の海岸から東京の街に上陸した。全身はとげとげしい硬い鱗で覆われ、鰐のような顔をしていた。2本の足で立ち、近くのヤシの木をなぎ倒しながらのっしのっしと歩いていく。

警官隊の発砲弾は明らかに化け物に命中していたが、なんの意味もなしていなかった。
道を塞ぐようにバリケードが設置されていた部分に差し掛かってもそのまま前進を続け、バリケードを突破し、パトカーを踏みつけて破壊しながら街の方角へと進んでいった。その先で人々の悲鳴が夜の街を突き抜けていく。


19:33、場所は千葉県舟橋の幹線道路沿い。

「おい!見てみろ!あれ!」

巨大な異形の化け物は街中の交差点に差し掛かってもまだその勢いを止める事なく、奇声をあげ夜の街を歩いていく。そこへ猛スピードで車が衝突し、その勢いで化け物が一瞬ふらつく。衝突音とガラスが割れる音が街中に響き渡る。その瞬間にまた人々の悲鳴が重なり合って、街に恐怖感を植え付けていく。

更にその後も次々と車が化け物に向かって衝突していく。その多くがパトカーであった。だが、化け物はすぐさま立ち上がり、ぐちゃぐちゃになった車の残骸を押しのけて、道路を渡ってゆく。
激しい爆発音と共に、燃え上がる車。逃げる人々に向かって容赦なく突き進んでいく化け物。パトカーのサイレン音が何重にも重なり、警察補導員が必死にハンドメガホンで避難を訴えかけている。正に空襲警報が鳴り響く戦時中を思わせる光景。
ビルがひしめき合う街はもうめちゃくちゃな状態になってしまっていた。

そしてその地獄絵図を必死に捉える人の姿もちらほらあり、その映像が一般人のライブ配信にて全世界に発信される。

それは…全世界を恐怖に陥れたプエブラモンスターの姿だった。


その時、俺は突如激しい頭痛に襲われた。
キーンと耳を(つんざ)くような音が頭を突き抜けてぐるぐる回る。たまらず俺は両手で頭を押さえ、その場に倒れ込んでしまう。

雫:
直樹?!どうしたの?直樹!
通行人:
大丈夫か?お兄さん!おい!

俺の周りがざわめき出していた。そして、また別のところから悲鳴が聞こえてきた。

「早く早く!逃げるんだ!」

どうやら何か騒々しい様子に。するとすぐにパークの従業員らしき人たちが一斉に来場者の誘導を始めた。

「焦らずゆっくり安全な場所へ避難してください!」

従業員の声が遠くのほうで聞こえる。だが俺は割れそうなくらいの頭痛でその場から動けない。俺はその時必死に周囲の状況を把握しようと試みていた。
周りを見渡すと走って逃げる人や、子どもを抱きかかえて走る人の姿も見て取れた。

雫:
直樹!大丈夫!?

すぐ隣にいた雫の必死の問いかけになんとか反応した俺は、彼女の手を取って、逃げていく他の来場者を追うように走り出した。相変わらず頭痛は鳴りやむ気配はない。一体何が起きているんだ、俺の身体は…!?

直樹:
頭痛が…やばい…

俺は走りながら雫に伝えた。彼女も何かに気づいたのか、焦りが分かるほどに表情が怯えてしまっていた。
すると遠くでパトカーのサイレン音、避難を呼びかける放送音声が流れてきている事に気づいた。どうやら近くで何かあったようだ。

近年ではこういったイベント時期に爆破予告やテロ組織の暗躍などが噂される事もあり、今回もそれが起きたのかと俺は思った。
だが実際にはそれどころではないとんでもない事態がすぐ傍で起きていた…。


なんとか俺たちを含め、多くの来場者がパークのゲートを抜け、外へと脱出。ゲートの正面は、開けた広場のような感じになっているが、その広場が埋まるくらいに大勢の人が行き交っている。
パニックと化す人々。落ち着いてくださいと必死に声をかけるパークの従業員たち。真っ暗闇の冬の夜に、夢の国のテーマパークは逃げ惑う人々で大混乱に陥っていた。
これはまずい…。そう思った俺はひとまず周辺を見回し、スマートフォンを取り出しネットから情報を探してみた。するとすぐにその事態を悟った。

『幕張付近で巨大な生物出現か 千葉、東京に緊急避難勧告』

スマートフォンの画面には緊急事態を示す警報文がでかでかと表示され、すぐ避難!などと書かれていた。これは大津波警報などの時に表示されるやつだ。俺はそのアラート通知を見た瞬間、最悪の事態を予見した。今自分が置かれている状況は考えたくない。夢だと信じたかった。
巨大な生物…。それってまさか…

「おい!あれ!」

その場にいた誰かがそう言って、遠くの方角を指さしている。その方角に見えたのは、ギザギザに重なった異様な物体が建物の隙間から見えている。火の手が上がっているのも確認できる。
次の瞬間、歩道橋をド派手に破壊しその怪物は俺たちの目の前にその姿を見せた。

直樹:
プエブラモンスター…!!

そう、俺の夢の中に度々現れたその魔物は、ついに俺の目の前に姿を現したのだ。

「グルァァァオォォォォ!!!」

その生物はこの世の者とは思えない恐ろしい声で雄叫びを上げ、左腕を大きく振りかぶり俺たちのいる広場に向かって腕を振り下ろしてきた!