題名のないファンタジー
序章 - 第3話(1/3)
< 運命と宿命 >

神を裏切った者…?
曇り空が一層濃く映る河川敷のほとりの丘の上で、俺は謎の男と遭遇していた。

ここまでの状況を整理すると、どうやらこの男は俺の事を知る者のようである。しかし俺はこの男に全く見覚えがない。
神なんて言葉をこんな真顔で言う人間がいるとは…。神と聞いて俺は宗教や偶像崇拝を想起する事くらいしかできない。何かの宗教勧誘か、よくある法人営業の一環だ…。俺はそう思ってやり過ごそうとした。

直樹:
すみませんが、俺もちょっと急いでいますから…

俺はそういって、男の前から立ち去ろうとする。だが…

男:
お前自身気付いているはずだ。お前が持つその力は、普通の人間にはない力。お前たち人間が超能力と呼ぶ力だ。

男がはっきりとした口調で、伝わるように説明する。そう、俺には気になる事があった。俺が(かね)てより超能力を使うやつだと言われ続けてきた事だ。だが俺自身、その超能力を発揮しようとしても自らの意思では到底無理だった。
しかしそれよりも今気づいた事は、この男は俺と面識がないはずなのに、俺の隠された真の能力について知っている事だった。

直樹:
何を言っている?あんた、何者だ?

俺はこの男がただならぬ存在である事を疑い始める。その正体を知りたいと思い始め、年上の人などという事も忘れ、口調が変わってしまう。

男:
お前はまだその力を自由に使う事はできない。だが「守りたい」と思うその気持ちが、その力を呼び覚ますだろう。

守りたいと思う気持ち…?それが超能力を放つ条件だという事なのだろうか?
だがそれは俺にとっても確証に近い言葉だった。俺が小学生の頃に虐められていた友人を助けるため、俺は超能力らしきものを発現していた。それを思い出したからだ。
だがそんな事実が分かったとしても、俺にはどうしようもなかった。過去に起きた事は、もう元には戻らない。俺はその能力が祟り、今度は自分虐めを受けるようになったのだ。

直樹:
っ!!

俺はまた虐められていたあの頃の記憶をフラッシュバックしてしまった。俺は平静を取り戻そうと、支えていたバイクのスタンドを下ろしその場で俯いた。

男:
お前は生きる世界を間違えている。今世界中でたくさんの人間を殺し続けているあの異形は、ある目的のためにこの時代へ時空(じくう)変易(へんえき)して来ているのだ。

俺はなんとか自我を保ち、その言葉に耳を傾けた。突然現れたこの男は、何か今の俺に変化をもたらしてくれるのだろうか…。

直樹:
あんたは何のために俺に会いに来たんだ?俺はこれから何をすればいい?
男:
俺はお前を救う者だ。お前はこれからあの魔界の使者と戦い、元の時代へと戻らなければならない。
直樹:
元の…時代…?
男:
お前は身の危険を逃れるため別の時代から時空変易をして、この世界へと送り込まれた異世界の住人だ。自分が何者なのか、奴らが何者なのか。それは自分で時を越え、お前自身が確かめなければならない。そのために俺は…

男はそういうと、スーツの左ポケットから何かを取り出し俺に向かって差し出した。それは一つの小さなアクセサリー…

直樹:
これは…

その男から手渡されたネックレスチェーンの先には特殊な形状をしたペンダントが紡がれている。
俺にはその装飾品に見覚えがあった。昔ある人に見せてもらった写真でそれと同じものを見ていたのだ。


あれはまだ俺が小学生の時だった。俺が養護施設で生活していた頃、突如その施設にやってきた一人の若い女性がいた。その女性は崎守凛子、今は結婚しその性になっているが、当時は小谷凛子という名だった。
凛子さんは孤児だった俺を受け入れてくれ、一人で暮らす彼女の部屋に俺は転がり込んだ。その時に俺を公園で拾い保護した事を打ち明けられ、その時の写真を見せられる。その写真で俺の首に掛けられていたのはペンダントが付いたネックレスだった。


このペンダントを写真で見た当時、俺はそれを探して回ったが見つける事はできなかった。どうも養護施設で一時保管され、その後遺品整理の際に売却されたとの事。それを今またこんなタイミングで見る事になろうとは思わなかった。
俺はこの時、このペンダントから異様なものを感じ取る。それは自らの中で静かに高鳴っている鼓動と連動するように小さな光がトクン、トクンと脈打つ様子だった。

男:
そのペンダントには特殊な魔法(マナ)が織り込まれている。それを持って時を遡り、あの世界へ…。お前の真の宿命は、そこから始まるのだ。

すると、男は突如その場を去ろうと踵を返し歩いていく。だが俺はその男を呼び止める。
いつの間にか、呼び止められる側から、呼び止める側に立場が変わっていた。

直樹:
待ってくれ!あんたが俺に最初に言った言葉の意味は?

他にも色々聞きたい事があったが、それよりも先に俺はその疑問をぶつけた。すると、

男:
セラフィムとは…お前の名前だ。

セラフィム…。それが本当の俺の名前…。やはりこの男は、俺の正体を知る者なのだろうか?

………俺は一体、何者なんだ?

俺はハッと前を見るともう既に男の姿はそこにはなかった。
冷たい空気だけが周囲に漂っている冬の景観。風に(なび)いたイチョウの葉が俺の足元で踊っている。幻ではない何かが、俺に起きていたのか。だが俺の手元に、さきほど受け取ったそのペンダントはしっかりと握られていた。

後方に置かれていた自身のバイクを興味津々に触っている通りすがりの見知らぬ子どもとそれをやめなさいと注意するその母親の姿のみが、俺の視界に残っていた。


その日の夜、自宅アパートに戻った俺はすぐにネットで「セラフィム」について調べた。
俺は男から受け取ったペンダントをグッと握りしめ、わずかに繋がり始めた自分の正体についての手掛かりをしっかりと胸の奥に刻み付ける。
初めて聞いた自分の本当の名前。今までの苦難の人生の中で、初めて体験する自分という人間の価値観。得体の知れないあの謎の男だったが、彼が嘘を言っているとは思えない。俺の超能力の事、孤児である事、そしてこのペンダント…。
俺という名の人生に課せられている宿命とはなんなのか?それは想像もできない遥かなる世界…。まだ見ぬ世界に、俺の本当の生きる道があるという事なのか。

…だがその名で調べてもヒットする情報は得られなかった。
もしかしたら本当に現代に存在しない名だとすると…。この世に存在しない名前…。

俺は一体どこからやってきて、どこへ向かわなければならないのか?
とうとう行き詰った思考と共に、俺は自分の部屋の中のベッドへ背中から倒れ込む。俺はあの男に言われた言葉を一字一句、また頭の中で何度も巡り廻らせ考え続けていた。

直樹:
守りたい思う気持ち、か…。

さっきあの男は、守りたいと思う意思が自身に眠る超能力を呼び覚ますと言っていた。彼の言葉が真実だとしたら、小学生の時に諒を助けたのも、この前路地裏で見知らぬ少女を助けたのも、俺にその思いがあったから…?
俺はその言葉を焦点にして自分自身を重ねる。すると、頭の中に1人、ある人物が浮かび上がってくる。

俺はスマートフォンを取り出してチャットアプリにメッセージを打ち込んでいく。

「夜遅くにごめんね。24日って会えたりする?」

俺はそうメッセージを送信した。その相手は…

「私も会いたい!その日は予定ないよ!」

高坂雫…。1分も経たずにやってくる返信。俺は彼女をある場所に誘うつもりでメッセージを打っていた。

「そうか!前行こうって言ったところなんだが」

「ドリームランド?行きたい!行きたい!絶対行く!」

「俺も君と行きたい。土曜日だよね。人多いかな?」

「多いと思う。どの道その日って(クリスマス)イブだし。花火見れるかも!」

「お、いいね」

「入場チケット取れるかなぁ」

「大丈夫よ。俺がもう取ってある。さっき買ったからペアチケ(ペアチケット)」

「さすが直樹!」

…守りたいと思う気持ちを素直に考えた時、彼女の事が真っ先に脳裏に浮かんだ。だからその真意を俺は確かめたかった。
俺が本当に彼女を守りたいと思っているのならそれはきっと…


高坂雫の自宅。雫はリビングのソファーに寝転がって、スマートフォンを弄っていた。
高橋直樹とのチャットでのやり取り。メッセージを送る度に嬉しさがこみ上げてくる。

「おねーちゃーん。お風呂はー?先入るよー」

雫:
うん!

彼女の妹がリビングを通り抜けながら雫にそういって部屋を後にする。雫は直樹とのやり取りで頭がいっぱいになっていた。
彼女にはどうしても直樹に伝えたい想いがあった。それは、同じ高校に通っていた直樹と交わした卒業式の日の出来事…。


「君にもっと笑顔を灯したい。そう思えたのが雫だった。だから、これからもずっと一緒に過ごしていけたらいいな」

まだ雪がちらつく冬の終わりごろ、校門を後にして直樹からそう言われた。それは雫にとって、直樹に対する想いが一層強くなった瞬間でもあった。それから雫は毎日直樹の事を意識するようになった。

伝えるんだ…、今度は私から…。
彼女はその時が迫っている事を確信していた。


直樹と雫は、その後もしばらく会話が途切れないままお互いの時間を共有した…。