題名のないファンタジー
序章 - 第3話(2/3)
< 運命と宿命 >

警視庁犯罪対策本部から緊急招集が掛かったのは、つい一時間前だった。
急を要する事態とだけ知らされ、一部のメンバーと科学研究班が大会議室へと集められる。庁舎23階の一角。
ドアを開けて入ると、そこでは既に地方から来たであろう警部が報告を行っていた。
部屋の中には80人くらい関係者が入っている。かなりの数だ。

「被害者の身元はまだ分かっていませんが、現場の状況からしておそらく…」

何かの事件だろうか。それにしても幹部の人たちが部屋に入りすぎている。明らかに様子が変だ。部屋の中は緊張感がピンと張り詰めていた。

「死体は腕の一部のみで、それ以外の部分は見つかっておりません」
「熊じゃないのか?」
「現場に巨大な生物が通ったような痕跡があり、おそらく犯人のものと思われますが、人間ではまずないでしょう。足跡の大きさから推定される身長は…おそらく7mを超えるものかと」

その検分報告に場内がざわめき出す。7m………?

「熊は純な生態系として7mは成長しうる大きさではない。それに熊はそうやすやすと人間を襲うという事はあるまい」

部屋の正面にいる幹部の一人が言う。その時、

「…少しよろしいですか?」

そう言ったのは一人の若い警部補。彼は立ち上がって説明を続けた。

「世界各所で目撃されているプエブラモンスターの場合を考慮し、早急な対策を講じるべきかと」

プエブラモンスターは既に世界各地に出没していた。
メキシコ、アメリカ、スペイン、トルコ、オーストラリア、イラン、そして隣国台湾にまで出没したという報告が警部補からなされる。

「…既に多数どころではないものすごい数の被害者が出ています。いつこの国に上陸してもおかしくない状況です。一刻も早い対策を講じるべきだと私は考えますが」

彼は淡々と答える。

「もし本当にそのモンスターの仕業であるならば、我々警察だけでは太刀打ちできる相手ではない。我々組織の問題だけでなく、国全体を脅かす重大な問題に発展する」

幹部が応答し、場の空気がピリピリと張り詰めていく感じが分かる。まさに日本でも、その不穏な足音が徐々に近づいてきていた…。

「出現した北海道には、一課を派遣し周辺一帯を捜索する。ただしこれは極秘の命とし、各所への通達は出さないように。」

本部長が状況整理の説明を始める中、場内は異様なざわめきがずっと起きていた。


12月も下旬に差し掛かる頃、巷ではいつも通りの街並みと日常が広がっている。クリスマスシーズン一色となりつつある街の商店街。
平日になるといつものように通勤の混雑が目立ち、夜になると繁華街と化す横浜。

いつものように会社へ行き、いつものように日の落ちた坂道を帰る。

しかしSNSでは奇怪な噂がトレンドになっていた。

『山中の道路で突然巨大な生物に遭遇した』
『なにこれ?明らかに熊ではない何かが通りすぎる様子』
『夜道ででかい怪獣に襲われました。おかげで車が廃車…』
『プエブラモンスター日本に来てない?』

ネット上にはこのような書き込みが散見されていた。中には悪戯の書き込みもあったが、動画付きの謎の巨大な黒い影、猛獣のような怪物の映像などが拡散されていた。


12月15日。

諒:
直樹先輩、ありがとうござぁす!ここ(の店)も旨かったっすね~!

俺はチャットアプリで兼光諒を呼び出し、ラーメン屋にいた。奢ってやるからと言うと、それだけで横浜まで出てくるグルメ通の諒は、この日も相変わらずハッピーでノリがいい。
ここ最近の俺はというと、先日河川敷近くで見知らぬ男と会ったあたりから悪夢にうなされる事がなくなっていた。それもあってか、いつもより諒との話が弾んだ。

食べ終わって店の外に出た2人は少しのやり取りの後、お互い帰途についた。
俺は彼を見送った後、近くのコンビニに寄りそのまま自宅へと戻ろうとしていた。その時、コンビニの外で2人の男がタバコを吸いながら話していた内容がたまたま耳に入る。

………
「東北の太平洋沖でも漁船がレーダーから消えている。分かっているだけでも3艘だ。もうこれは日本だけの問題じゃない国際問題だ」
「まあそうだろうな。米国からの手配書が日本に渡ったとか」
「…インターポール?」
「確認したわけじゃないからどうか分からんが…。いずれにしても国際的に重大な問題になるのはもう時間の問題だな」
「国際手配扱いか」
………

俺はそれが何の話か分かっていた。
それは日本国内に出没したと噂されるあの化け物に対抗するべく、国が既に動いているのではないかという噂だった。さっきSNS通でもある諒からもその話を聞いたが、もう現実に軍が動き始めているという事なのか…。ニュースなどでは全く報道されないため、情報規制が掛かっているとの見方もあった。やはりそれも国民に対して混乱を招くのを回避する目的なのだろう。

ここ数日は夢にあの異形の姿が出てくる事がなくなって、俺はちょっと安心していた節もあったが、それでもこの国にもとんでもない事件が起きようとしていると、それはさすがに分かった。


12月17日夕刻。

この日は、日本全国に寒波が襲来した。神奈川などの太平洋沿いでは雪こそ降っていないが、山間地方では雪が舞っていた。

俺はこの日、バイクで近場の穴場スポットへ単独ツーリングに出かけていた。寒いとはいえど、この季節のツーリングもなかなか味わい深いものがある。途中立ち寄ったログハウス風なレストランで鍋料理を(たしな)み、冷えた身体が見る見るうちに温まる。この時期だからこそ味わえる贅沢な瞬間だった。

その帰り道のこと。俺は来た道から少し逸れて、山あいの細い道路をバイクで走っていた。

ヒュゥゥウウウゥゥゥ………

周りの空気とは異質な生ぬるい温度の風が俺の背後から両肩をすり抜けていく。

………なんだ?

俺は後ろを振り向く。だがそこには何もない。
敢えて言うならば、ボロボロに朽ちた小屋のような廃墟と、そのすぐ隣には鬱蒼と茂った森があるのみ。
しかし…

その森の奥のほうから…………………………

声のようなものが聞こえた。

俺はバイクを近くの空き地へ止めて、森のほうへと入っていった。


森の中は完全に夜と相違ないくらいに真っ暗だ。
竹やぶと松の木が生い茂る森を、俺は何かに誘われるかのようにかき分けて進んでいた。その奥のほうから…、やはり何かの声のようなものが聞こえていた。

すると突然不自然に切り開かれたような雑草が生い茂る空き地へと出る。
そこで…

ヒュウゥゥゥゥ。

明らかに乾いたような音で、生ぬるいような風が吹いてきた。
俺はその風が吹く方角を振り返ってみたが、やはりそこには何もない。こんな森の奥に、人がいるわけもなく、周りは竹やぶに囲まれ、他には何も見えない。
少し動くと、足元で小枝が折れる音が響く。パリパリッ…パリパリッ…ザザ…。その音と時折吹く風の音だけが俺の聴覚を機敏に研ぎ澄ませていく。

俺は何気なく足元を見た。その時感じた嫌な気配。この感触は…確か…あの時の…

ビュオオォォォォ!!!

突如、俺の後ろからものすごい勢いで風が舞い降りてきた。
俺は呆気にとられ、風に抵抗するようにその場で足を踏ん張った。風で身体が前に傾きそうな、そんな勢いだ。明らかに自然な風力ではない。
その時俺はそのただ吹いた風の中に異様な殺気を感じ取った。風が納まっていくと同時に、その中に混ざっている濃霧が何か奇怪な顔のように見える気がする…。
俺は不意に悪寒を感じ、その森から抜け出した。

…………………化け物?

俺はその感覚を思い出す。それはこの前に見た、あの歪なまでの魔物が発する異質な感覚を。

真っ暗闇の何もない森の中。そこには確かに何かがいた。だが、その姿は何も見えていない。
しかし俺の心に一抹の不安が走った。それは途轍もなく大きく、邪悪で、払拭できないほどに嫌な予感であった。


それから一週間が経った12月24日。
俺は日本で最も人がひしめき合う場所に来ていた。

日本の古風な館を彷彿とさせる立派な建物。これが駅舎というのだから、この国もなかなか捨てたものじゃない。俺がいるのは世界の旅人が集う駅、東京駅。

世間はクリスマス一色だった。街の中もイルミネーションの海で、まだ昼間だというのに一体どれくらい明かりが点いているのであろうか。

今日はここが待ち合わせ場所。待ち合わせしている相手は…、俺のすぐ脇から顔を覗き込むようにして現れた。

雫:
早いね、直樹。まだ約束の20分前だけど。

彼女はそう言いながら、俺の顔を見てにこやかに微笑む。
落ち合った俺たちは軽く挨拶して駅の中へ歩き出した。

この後、とんでもない事態に巻き込まれるとも知らずに…。