金髪の青年:
ええ!?嘘でしょう?そんなわけないですって!
直樹:
これは本当の話よ。
横浜の飲み屋街の一角。金曜日の夜になると多くのサラリーマンや若者の群れで活気溢れる宴の街となる。俺はとある青年を居酒屋に呼び出していた。
青年は黒いトレーナーにジーンズパンツ、耳に派手なピアスが光っていて、金髪。色黒でいかにもと言った感じの風格。チャラい系男子のトレンディーシンボルのような男である。この男は俺と昔、ある縁があり知り合いだった。
今目の前で話をしているこの青年は、兼光諒。俺より2歳年が若い18歳…なのだが…
諒:
それにしても直樹先輩、俺が法律違反してるのは先輩のせいっすからね。全く先輩も悪の道に走っちゃって。
直樹:
…。
諒はそう言うとジョッキ片手にアルコールを平然と口にしていた。いや、だからって普通に飲むなよ…と思いつつ、まあ何も考えずにここ(居酒屋)に連れてきた俺にも責任があるか…。
諒:
でもあの化け物が出た事自体も信じられないっすけどね~。マジで怖いっすねぇ。
直樹:
そうだな。けどやっぱり俺が夢で見たあの姿と同じだったんだよね。昨日の晩も見た。
俺は北米で発生したプエブラモンスターの話題を諒に話していた。夢の中に何度も出てきたことも。諒は話半分に聞いていた。
諒:
なんか他の国にも出たみたいな事聞いてますよ。SNSで見たっすけど。
SNSは世界中のあらゆる情報がリアルタイムで自由に発信される特徴がある。SNS自体は俺も見ているが、彼は生粋のSNS通であらゆる分野の最新情報を常に得ていた。それによるとプエブラモンスターは放射性物質により動物の突然変異で生まれたものだという情報が今最も有力視されている事を彼から耳にする。
諒:
先輩それより最近例の力、使ったりしました?
直樹:
…!?
俺はその時食べていた物で咽てしまい咳きこんでしまった。
諒の指摘は的確だった。先週の金曜日…俺はその超能力を使っていたからだ。そしてその能力の事を知っている数少ない人間、それが兼光諒だった。
直樹:
………いや…まぁ…
俺の初心な反応に諒はニヤニヤする。図星なんだ、と言わんばかりに。俺は気まずい雰囲気を醸し出す表情になっている事に自分で気付いていなかった。
諒が俺のこの能力を見たのは、今から13年ほど前に遡る。
俺たちは共に児童養護施設で生活した過去を持っていた。諒と出会ったのは、俺が5歳くらいの頃で俺が覚えている最も古い記憶。俺は施設で親がいないという事で酷い扱いをされていたが、その時代に行動を共にしていたのが兼光諒だった。
俺がこの人間離れした超能力を初めて解き放ったのが小学生の頃。それは諒が同級生から虐めを受けていた現場に立ち会った時の事だった。俺はどこからともなく怒りがこみ上げ、虐めをしていた同級生にひどい怪我を負わせてしまう。それもやはり俺の意図しない形で発現した結果であった。
それを見ていた人間から憚られるようになり、その時から俺は虐めの対象になったのだ。
諒:
まあ色々あったっすよね。俺もあれから(暴走)族とつるんだりしてたけど、でもそれも全部終わった事だし。
諒は中学生の頃に暴走族と行動し、非行に走っていた。その後、進学した高校が俺と同じ高校で、俺たちは先輩後輩の関係になった。だが今は先輩後輩という関係ではなく、純粋に対等な友人としてお互い認識している。その頃には更生して、輩との繋がりはなくなったという。
直樹:
あぁ…。そうだな…。
諒:
なんか深刻じゃないっすか?先輩。
直樹:
実は…
俺は先週の夜に性的虐待を受けていた女の子を助けた一連の出来事を話す。すると、
諒:
それで?その子とはどうなったんっすか?
直樹:
その子は逃げていった。
俺がそう言うと諒はつまらなさそうに乗り出した身を引っ込めて、メニューオーダー用のタッチパネルを弄りだしてしまった。諒の興味はその女の子だったのだろうか?そんな事を言おうとしているのではないのに。やはり俺がきっと思いつめ過ぎなのだろう。そう思う事にする。
つまらない正義感は持っていてもやっぱり仕方がないのか…と。
諒:
そうっすよね。直樹パイセン(先輩)にはかわいい彼女がいますもんねぇ。浮気するようなチャラ男(チャラチャラした男)じゃないっすよね。
直樹:
俺には彼女いないけど…
諒:
あれ?うまくいってないんっすか?雫ちゃん…じゃなかった。雫パイセン(先輩)。
俺は最初誰の話をしているのか本当に分かっていなかった。雫ちゃん…、高坂雫の事か。
直樹:
雫とは付き合ってはいない。それに別にその助けた子に下心があったわけでもないんだが。
諒はしかめっ面をして、何かを考える素振りを見せた。その後こう付け加える。
諒:
じゃあ食べて良いっすか?
…何の話だ?俺はしばらく考えた後ハッと気が付き、少し胸の奥にモヤモヤした何かを感じた。
直樹:
お前みたいな適当なやつだと雫は困るだろうから…
諒:
……え?
諒は不思議そうな表情で俺の顔を正面から見てこう言ったのだ。
諒:
ラーメン食べに行きたいっす。
しまった…俺は今なんて事を…。話が嚙み合っていなかった。
完全に諒のノリに振り回された挙句、俺は彼をラーメン屋に連れていく事にしたのだった。
居酒屋で散々飲み散らかした諒は完全に酔いが回っていたようなので、その後訪れたラーメン屋台を後にして、俺は彼の家まで一緒に歩く事にした。その道中…
諒:
直樹先輩…ちょっと思いつめすぎだと思う。
直樹:
お…おぅ…
彼が唐突に話を切り出す。
諒:
俺がガキの頃、先輩に助けられた事がある。俺はまだその事忘れてないし、今も感謝してます。だから先輩は何も悪くないし、何も間違ってないっすよ…?俺が保証しますって。
俺は自分の後輩としてではなく、純粋に旧友としてその言葉を受け止めていた。その何気ない言葉が、俺の虚無的な灰色の心に灯りを灯してくれていた。ありがとう…諒…。友はやはり持つべきだなと、俺は心底痛感していた。
俺の人生の中において、色味を帯びているものはごくわずかしかない。
それは、幼少の頃によく一緒に遊んだ兼光諒…、虐めを受けていた俺を引き取って親代わりになってくれた崎守凛子さん…、そして俺の寂しい世界に勇気を与えてくれた高坂雫…。
何かの障害に当たった時、心を突き動かすものはいつも人との繋がりである事を、俺自身気づき始めていた。